小山田壮平の歌声の変遷|畳みかける声から、誰かと分かち合う歌へ

2017年、弾き語りツアーについて語った小山田壮平(写真:風間大洋) シンガー
2017年、弾き語りツアーについて語った小山田壮平(写真:風間大洋)

小山田壮平の歌には、言葉を一気に放つ勢いと、人のそばでそっと歌うような親しさがあります。
その二つは、若い頃と現在を分ける境界ではありません。
andymori、AL、ソロという歩みの中で変わったのは、声の激しさだけでなく、誰と歌を作り、どんな時間を聴き手と過ごしたいかでした。
歌い方についての本人の言葉と、作品やステージの具体例を重ねると、その変化が見えてきます。

弾き語りの親しさは、andymoriより前からあった

高校時代の小山田は、福岡・中洲でギターを持ち、ゆずや尾崎豊などの曲を歌っていました。
家で楽しんでいた弾き語りを、外でも聴いてもらいたかったと振り返っています。
後年のソロにつながる、人のいる場所へ歌を持っていく感覚は、この頃からあったのです。

2007年にandymoriを結成し、2008年に初の音源を発表。
2009年には最初のアルバム『andymori』を届けました。

初期の作品には、粗削りな演奏と声の勢いがある一方、フォークを思わせる甘い旋律もありました。
「FOLLOW ME」のような曲もあれば、ゆったりした曲もある。
速さと鋭さの中に、歌そのものの親しみやすさが共存していたところが、出発点の面白さです。

後の穏やかな歌を、ロックの勢いが消えた結果としてだけ見ると、この出発点を見落とします。
人前へ飛び出す衝動と、メロディーを口ずさむ喜び。
どちらかを捨てて進んだというより、その時々で前へ出すものを変えてきた歌い手なのです。

2011年、『革命』で仲間への信頼が歌を変える

『革命』の頃には、バンド内で思っていることを話し合えるようになった変化を語っています。
以前は、歌を自分を守る武器のように考えるところもあった。
そこから仲間や周囲を信頼し、身近な人への愛情も、まっすぐ表せるようになっていきました。

これは、単に演奏がまとまったという話にとどまりません。
何かに対抗するために言葉を放つのか、大切な人へ気持ちを届けるために歌うのか。
声を向ける相手が変わると、同じ勢いにも違う意味が生まれます。
バンド時代の中にも、すでに表現を開いていく過程がありました。

2014〜2016年、ALで自分の声を他の声と重ねる

andymoriは2014年に解散。
小山田は長澤知之らとのALでも活動を進め、2016年に『心の中の色紙』を発表しました。

2016年、ALのアルバム発表時の取材に応じた小山田壮平(写真:堀清英)
2016年、ALのアルバム発表時の取材に応じた小山田壮平(写真:堀清英)。
画像出典:画像掲載元

長澤の音楽を強く尊敬していた小山田は、当初、一緒にやっていく自信が持てなかったといいます。
共作を重ねる中で、この場所で音楽をやりたいという確信が育ちました。
「ハートの破り方」は小山田の独唱から始まり、展開とともに高揚していく曲。
一人の声を起点に、仲間の音へ開かれる構成です。

2016年3月のALのライブでは、「シャッター」で長澤の歌へ小山田がハーモニーを添え、「ランタナ」では小山田が主旋律を担っています。
先頭に立つ役割と、他の声を支える役割を、曲ごとに行き来していました。

同じ日の「北極大陸」では、二人で早口に畳みかける場面もありました。
小山田の鋭い勢いも、他の声と共有されていたのです。

ALで増えたのは、名義だけではありません。
自分の声が中心にあるときも、別の人の歌へ重なるときも、その組み合わせで一曲を作れる。
自分一人の表現を届けることに加えて、違う声と一緒になったときの響きが、歌の大切な要素になりました。

2016〜2018年、独りで歌う自由と、録音を受け入れる変化

2016年にはソロの弾き語りツアーも始まりました。
小山田が面白さとして挙げたのは、曲順を自分で決め、その場で変えられること。
バンドの音を合わせる喜びとは別に、一晩の流れを一人で引き受ける手応えが生まれていました。

2018年、小山田はandymori時代の畳みかける歌い方に、自分へ目を向けてほしいという強い気持ちがあったと振り返っています。
一方、その頃に望んでいたのは、集まった人と幸せな時間を作ることでした。

ALの『NOW PLAYING』では、歌録りとの向き合い方にも変化がありました。
録音を終えても歌い直したくなっていた以前に対し、ライブのように準備を重ね、その時に出せた歌を受け入れる感覚が育っていたのです。

注目されるために声を急がせるところから、目の前にいる人との時間を作るところへ。
納得できない自分を追いかけ続けるところから、準備したうえで今の歌を残すところへ。
二つの変化は、力を抜くだけの話ではなく、歌を届ける場の捉え方が広がったことを示しています。

2020年、穏やかな歌を丁寧に作る

初のソロアルバム『THE TRAVELING LIFE』では、「HIGH WAY」の穏やかで澄んだ歌声が印象を残します。
「君の愛する歌」にも、シンプルな思いを大きく届ける歌があります。
旋律の豊かさや、声の柔らかな表情が、作品の中心へ出てきました。

「君の愛する歌」には、旅先で出会った人が好きな歌を、一緒に歌う喜びがつながっています。
本人にとって音楽は、場所や相手が変わっても、そばにあり続けるもの。
この時期の親しさには、誰かと過ごした時間の実感があるのです。

制作の進め方も、思いついたものをすぐ形にする方法だけではなくなりました。
「雨の散歩道」では、忘れられないメロディーに合う言葉を探し、約2カ月かけて歌詞を書き直しています。
その旋律が求めるものを、時間をかけて確かめた曲でした。

ただし、このソロの歌録りでは、音程と気持ちの両立に苦労したとも話しています。
穏やかな歌も、簡単に録れたとは限りません。

歌声が自然に聞こえることと、制作が自然に進むことは別です。
柔らかい声のまま、旋律と言葉の気持ちを十分に伝えるには、勢いだけでは済まない選択がある。
このソロ作品には、長く親しんできた歌の喜びと、細部へ向き合う粘り強さが同居しています。

2023〜2024年、強さを残しながらメロディーの力を確かめる

2023年の弾き語りでは、「君の愛する歌」の穏やかさと、「アルティッチョの夜」の前へ迫るような激しい声が同じステージにありました。
ソロになっても、強く歌う選択肢は失われていません。

2024年の『時をかけるメロディー』で本人が意識したのは、自分の内側から生まれ、生きる力にもなる旋律でした。
前作で人生を少し離れたところから眺めた感覚とは、目を向ける先が違います。
聴き手の暮らしの中へ届くことを考え、衝動だけで終わらず、細部を吟味する姿勢も語っています。

収録曲「コナーラクへ」は、19歳の旅から生まれた古い曲です。
若い頃の感覚を、時間がたった自分の作品へ迎え入れる。
新しいアルバムには、過去を遠ざけるだけでは作れない広がりもありました。

その曲は20代にも手を加えたものの、長くアルバムには入りませんでした。
以前は単純に感じた構成を、今回はよい曲として受け止められたといいます。
古い歌を残す判断にも、今の自分の価値観が働いています。

ここまでの歩みをたどると、小山田の変化は、荒々しさを穏やかさへ取り替えたことではないと分かります。
畳みかける声も、旋律を丁寧に運ぶ声も、仲間と重なる声も使える。
そのうえで、今の一曲には何が必要なのかを、前より広い視野で選んでいくようになったのです。

故郷の景色へ続く歌と、変わらない親しさ

2026年、福岡の大濠公園での小山田壮平(写真:常盤響)
2026年、福岡の大濠公園での小山田壮平(写真:常盤響)。
画像出典:画像掲載元

2026年には「夕暮れの百道浜」を発表しています。
故郷での暮らしや、昔から知っていた景色が、今の生活と重なる曲。
高校時代に福岡で歌っていた人が、帰ってきた街の日々を歌にしています。

これは新たな声の出し方を身につけた証拠というより、歌を向ける世界が身近な暮らしへ続いていることを示す一曲です。
小山田壮平の歌声には、若い日の切実さが残っています。
そこへ、他の人の声を聴くこと、曲を待つこと、誰かと歌う時間を喜ぶことが重なった。
その積み重ねが、今の声の親しさと奥行きにつながっています。

曲ごとの声の勢いや裏声、間の取り方は、小山田壮平の歌い方で掘り下げています。

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