中納良恵の歌を考えるとき、声の強さだけで説明すると、何がこぼれてしまうのでしょうか。
EGO-WRAPPIN’の歌とソロの歌を、発声への意識や、曲ごとの選択から見ていきます。
本人は、ギターから曲を作る場合と、ピアノから作る場合の違いを大切にしています。
バンドで自由に歌うときと、鍵盤を弾きながら歌うときとでは、意識の働かせ方も違う。
同じ人の声でも、どんな音と一緒に出すかによって、歌の表情を探る条件は変わります。
「あなたを」―Film Live『sweetrip』(2021年)
声を強く出す前に、どこで響いているかを確かめる
中納が発声について話した具体的な言葉に、声の鳴る場所と身体の使い方があります。
声を潰したことをきっかけにボイストレーニングへ通い、力の入れ方も少し変えたかもしれないと、2021年に振り返りました。
本人の言い方には幅があり、特定の発声法に完全に切り替えたと断定する話ではありません。
それでも、出したい声だけを追うのでなく、自分の身体を見ながら歌うようになったことは分かります。
この考えを理解するうえでは、力を入れることと力むことを分けていた、以前からの姿勢も手がかりになります。
中納は2010年の時点で、必要以上に頑張らず、自分の器を知る大切さを語っていました。
迫力のある歌を、そのまま全身の力みへ置き換えて受け取らないことが大切です。
ファルセットを含む柔らかさで、歌の距離を近づける
『あまい』ではファルセットを用いた柔らかな歌が目立ちます。
そこで目指されたのは、聴き手が穏やかな気持ちになれる音楽でした。
「あなたを」は、会いたくても会えない人へ手紙を届けるような気持ちで作った曲だといいます。
恋愛だけに限らない思いを歌う曲で、声を強く張る以外の親しさをどう感じるか。
この曲を聴くときは、高音の大きさだけでなく、言葉が届いてくる距離に注目すると、柔らかさを選ぶ意味が見えてきます。
『あまい』を作る際、中納は歌がよく聴こえるようにしたかったと話しています。
ピアノを弾きながら曲を作り、歌の周囲を整理していく。
声の印象を考えるときには、歌手が何を足したかに加え、その周りにどれだけ音があるかも聴いてみたいところです。

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「オムライス」では、声の重なりと間合いを聴く
「オムライス」は、中納自身の声を重ねて作られた曲です。
本人は、ザ・ケアテイカーの作品を家で聴いてから録音したところ、それまで整然としていた歌とは違う、よい間合いで歌えたと話しています。
同じ旋律を歌っても、整え方ひとつで声同士の関係は変わる。
一声ごとの輪郭と、重なったときの響きを分けて聴くと面白い曲です。
2021年9月8日のLINE CUBE SHIBUYA公演では、この曲を神田智子、Achicoと三人のアカペラで歌いました。
一人の多重録音を、別々の身体から出る声のハーモニーへ置き換えた形です。
同公演では「サニーサイドメロディー」もピアノ弾き語りで歌われています。
編成が変わると、同じ歌手、同じ曲でも聴かせ方が変わることを、具体的にたどれる場面です。
「オムライス」「オリオン座」―2021年9月8日、LINE CUBE SHIBUYA
自分の声を、伴奏やリズムの側にも置く
声を重ねる発想は、ライブにも持ち込まれています。
2014年10月の横浜・大さん橋ホール公演での「あのね、ほんとうは」では、オルガンを弾きながら歌い、ボイスパーカッションも交えて伴奏を組み立てていました。
同公演の「声とリズム」では、ルーパーを使ってバックコーラスと主旋律の歌を構築しています。
ルーパーは、録った音を繰り返すための機器です。
主役の歌だけでなく、それを支える側も自分の声で作ると、聴きどころは一番大きな声だけに限られなくなります。

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『窓景』で本人が求めた、自分の声に包まれながら曲を作るという感覚は、この聴き方にもつながります。
一つひとつの歌声が、旋律なのか、後ろの響きなのか、リズムなのか。
役割の移り変わりに耳を向けると、声を使ったアレンジが見えやすくなります。
「あのね、ほんとうは」―2014年10月24日、横浜・大さん橋ホール
「L’amant」では、声が浮かないところまで引く
「L’amant」の録音では、バンドで歌えた形が、そのまま録音でも合うとは限りませんでした。
中納は、自分の声が音と分離しているように感じ、感情を抑えた歌い方を探しています。
歌っては聴き直し、押すところと引くところを調整する作業です。
歌が伴奏とどれほどなじんでいるかも、この曲の聴きどころです。
ライブでは、機材による声の変化も使います。
2023年4月9日の中野サンプラザ公演での「human beat」では、声が二重になる効果を加えたマイクで歌っていました。
録音や公演で感じる声の質感には、発声と音響処理の両方が関わります。
聴こえる変化を、すべて喉の使い方だけの変化と考えないことも必要です。
共演相手の音を受けて、声の出方を探る
Campanellaの「PELNOD」に参加したとき、中納は、ふだんバンドとの同時録音が多く、完成したトラックへ後から歌を乗せることには難しさも感じると話しています。
それでも、この曲では一度歌うたびに自分から別の案を出し、歌を更新していったと、Campanellaが振り返りました。
後半のスキャットは即興だったそうです。
何度でも録ればよいという考えではなく、中納自身は録り重ねるうちによさを失うこともあるため、最初の衝動も大切にしていました。
折坂悠太との「待ち空」では、先に録ったピアノに歌を合わせる方法から、中納がピアノを弾きながら二人で歌う方法へ変更しています。
あらかじめ決まった演奏へ合わせ続ける状態を、互いの音へ反応できる状態に変えたのです。
試しに一番だけ録ったものが採用されたと折坂は話しています。
声を出す技術と同じくらい、相手とどんな条件で歌うかが結果を左右する。
中納の歌は、その場のやり取りから考えると、選択の理由が見えてきます。
感情を込めることと、感情に飲まれること
中納は、ステージで自分が泣きそうになることがあっても、聴き手の感情を引き出すために歌いたいと語っています。
自分の感情だけを見せるのではなく、歌を受け取る人に向かっていく。
抑える歌も大胆に出る歌も、その人に何が届くかという視点から考えられます。
「あなたを」では柔らかな歌の距離を、「オムライス」では声の重なりを、「待ち空」では相手と交わす歌を。
一度にすべてを分析しようとせず、一曲ごとに確かめる点を変えると、中納良恵の歌の楽しみ方が広がります。
時期ごとの変化と、その背景については、中納良恵の歌声の変遷でまとめています。

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