熊谷和海の歌声はどう変わった?勢いで歌った初期から、自分の声を生かす表現へ

2018年の熊谷和海 シンガー
2018年の熊谷和海

BURNOUT SYNDROMESの熊谷和海は、経験を積むほど、初期の自分に簡単に戻れるようになったのでしょうか。

本人の答えは、むしろ逆です。
2026年には、技術を身につけた今では、喉のことも考えず歌った頃の勢いをそのまま出すのは難しいと振り返っています。

では、その間に、どんな表現を手に入れてきたのか。
歌声をどう届けるかという試行錯誤から、熊谷の歩みを追ってみます。

2016年、歌と言葉の熱が重なった「FLY HIGH!!」

2016年3月、「FLY HIGH!!」でメジャーデビュー。
『ハイキュー!!』の主題歌となったこの曲を書くため、熊谷は当時出ていた原作を読み返しました。
心を動かされたのは、才能のある後輩に場所を奪われても、競技への思いを捨てない先輩の姿です。
勝つ側だけでなく、届かない側の努力にも目を向けたことが、曲の出発点にありました。

その一方で、最初に聴く人が好きなのは自分たちよりアニメなのだ、という意識も持っていました。
自分の内面を知ってもらう前に、初めて聴く人にも届く歌にする。
いしわたり淳治との制作を経て、言葉を伝える相手への意識が、作品の作り方にも入ってきた時期です。

続く「ヒカリアレ」では、三人の声をどう組み合わせるかを何度も試しています。
熊谷と石川大裕のどちらが歌うか、廣瀬拓哉の声を加えるか。
勢いで押し出すだけでなく、声の重なりで曲を大きくする作業が、すでに始まっていました。

初期の熱さを、何も考えず歌った結果だけで説明することはできません。
衝動と、録音の細かな判断が同じ時期にあったのです。

2018〜2019年、暗い歌にも居場所を作り、舞台を楽しみ始める

2018年の渋谷CLUB QUATTRO公演では、太くたくましい声だけでなく、包み込むような柔らかさも歌唱の特徴として評されています。
「斜陽」では、切なさと優しさを感じさせる歌声。
曲前には、燃え尽きてしまうような暗い時期にも聴き手の味方でいたい、だから暗い曲も歌うのだという思いを伝えました。

「斜陽」は、インディーズ期の曲を『孔雀』で改めて録った作品です。
当初は技術やミックスの面で実現できなかった姿を、ようやく形にしたものでした。
歌詞も分かりやすく直していますが、整えすぎて主人公の切迫感が消えないように調整したといいます。
熊谷は、理想どおりに進まないことで身近な幸せまで見失ってしまう、二十歳前後の感覚を説明しています。
明るい応援歌へ進んだ後も、以前の苦しさを歌う場所は手放していませんでした。

ただ、舞台に立つ本人は、ずっと楽しんでいたわけではありません。
2019年のツアー前には、完璧を求めすぎて、それまでライブを純粋に楽しめなかったと明かしています。
前のツアー映像を見て自分たちを格好いいと思えたこと、アルバム『明星』で抱えていたものを出し切れたことが、次のライブを楽しみにする感覚につながりました。
歌声の変化とは別に、歌う場へ向かう姿勢も変わっていたのです。

『孔雀』全曲トレーラー(2018年)

2018年「ハイキュー!! 頂のLIVE」のBURNOUT SYNDROMES
2018年「ハイキュー!! 頂のLIVE」のBURNOUT SYNDROMES。
画像出典:画像掲載元

2020年、同じ「ヒカリアレ」を祈るような曲へ

2020年の「ヒカリアレ -Moonlight Version-」では、代表曲そのものの見せ方を変えました。
もとはインストアライブなどで演奏していたアコースティック版で、それを磨いて録音しています。
熊谷が目指したのは、教会で流れても似合うようなゴスペルの雰囲気。
廣瀬も、大合唱で盛り上がる原曲に対し、この版はしっとりした印象になったと説明しています。

同じ歌を録り直すとき、過去より強く歌えることだけが成果になるわけではありません。
曲のどの面を前に出すかを変えると、聴き手が声に求めるものも変わります。
「ヒカリアレ」の二つの版は、年齢による声の違いを探す前に、その狙いの違いを踏まえて聴きたい組み合わせです。

2023年に語った転機――声を張らずに届く音楽との出会い

音作りを変える背景には、自分の声への悩みがありました。
2023年、熊谷は、癖のある声がバンドの音に埋もれてしまうため、声を届かせる方法を試してきたと話しています。
そこで衝撃を受けたのが、声を張らずに歌うビリー・アイリッシュでした。
自分の声をさらに強くすることだけでなく、声が生きる伴奏を考える。
この発想が、バンドの生演奏と打ち込みを組み合わせる方向へつながっています。

2023年の「The WORLD is Mine」は、インディーズ期の曲のリアレンジ。
自分の声が美しく響く音楽を探す、継続した課題を映しています。

これは、ある日突然ギターを捨てたという経緯でもありません。
2019年には、以前は使い方が分からずギターで表していた音を、学んだシンセサイザーで作れるようになったと説明していました。
『明星』で試した音作りを、バンドの力強さが軸となる「Good Morning World!」にも持ち込んでいます。
声を囲む音の選択肢は、こうした実験の積み重ねで増えてきました。

2024年、共演を通して知り直した自分の声

『ORIGAMI』の「Xross Road」では、CHiCOとのデュエットに取り組みます。
その背景には、上京後に歌手や作り手との交流が広がったことがありました。
以前は家で音楽に没頭していた熊谷が、人との出会いを作品に持ち込むようになったのです。

石崎ひゅーいとの「Good Morning [New] World!」では、録音している本人にも一瞬区別がつかないほど、歌い方が似ていると感じたそうです。
一方、ベースの石川は、多くの共演曲と一人で歌う曲を聴き比べることで、熊谷の飾らない良さを再認識したと話しています。
他の声が加わることは、自分の声の持ち味を知り直す機会にもなりました。

一人で曲を背負う場面と、相手と声を合わせる場面。
この二つが並ぶようになったことも、歌手としての表現が広がった点です。

『ORIGAMI』全曲ティザー(2024年)

『ORIGAMI』取材掲載のBURNOUT SYNDROMES(2024年、左が熊谷和海)
『ORIGAMI』取材掲載のBURNOUT SYNDROMES(2024年、左が熊谷和海)。
画像出典:画像掲載元

2026年、昔の勢いを認めながら、今の技術で歌う

メジャーデビューから10年となった2026年、熊谷は、技術と若さの勢いの両方が残る現在を、よい時期だと捉えています。
昔のほうが荒々しかったと認めることは、今の自分を否定することではありません。

この年の『ハイキュー!! × BOS – 主題歌たちの宴 -』には、他の歌手の主題歌のカバーと、自分たちの代表曲が並びました。
ただし、既存の「FLY HIGH!!」「ヒカリアレ」「PHOENIX」は、他曲に合わせてマスタリングをし直したものと説明されています。
発売年だけを見て、2026年の歌い直しとして比較しないことも大切です。

『ハイキュー!! × BOS – 主題歌たちの宴 -』全曲MV(2026年)

海外の会場では、日本語の意味を知る以上に、一緒に日本語で歌いたいという声にも出会っています。
それでも熊谷たちは、歌詞の意味まで届けたいと考えています。
2025年には、ステージ背後に歌詞を表示する工夫についても語っていました。

初期の勢い、柔らかさを生かす別の版、自分の声が埋もれない伴奏、そして共演者や客席の声。
熊谷の変遷は、高音が何音増えたかより、声を誰に、どんな形で届けるかが具体的になった歩みとして見えてきます。
曲の中での語尾や声の合わせ方は、熊谷和海の歌い方で掘り下げています。

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