2018年、ジェシー・Jは中国の歌唱番組『Singer』で優勝しました。
決勝で歌ったのは、自作曲ではなく「I Will Always Love You」。
後に彼女は、あの舞台で初めて「歌手として祝福された」と振り返っています。
その一方で、同じ年に発表した『R.O.S.E.』では、他人の書いたヒット曲を歌い続けるだけではいけない、と自分の経験を歌詞にしました。
大きな声で人の曲を歌うことと、自分の言葉を歌うこと。
ジェシーはどちらか一方を捨てたのでしょうか。
2014年の「Bang Bang」から2025年の作品までをたどると、声の大きさだけでは説明できない、その声に何を託すかという変化が見えてきます。
2014年――「Bang Bang」は、当時の自分に似合う歌だった
「Bang Bang」では、ジェシー、アリアナ・グランデ、ニッキー・ミナージュの三人が、歌とラップを受け渡しながら一曲を盛り上げます。
ジェシーが一人で物語を背負うのではなく、それぞれの個性が次々に前へ出る構成です。
2014年のアルバム『Sweet Talker』を象徴する共演になりました。
ジェシーは当時、『Sweet Talker』をソウルとゴスペルの要素を持つポップと説明し、自信を持って自由に過ごす26歳の自分を表す作品だと話しています。
後に別の方向を選んだからといって、「Bang Bang」を最初から不本意な仕事だったことにはできません。
華やかな曲の中で声を存分に使うことも、当時の彼女が楽しんだ表現でした。

写真:Drew de F Fawkes / CC BY 2.0
ただ、ヒットした曲と同じ役割を次も、その次も求められると、話は変わります。
2017年の本人は、自分で書いていない曲や、心に近くないジャンルばかりを発表し続けることへの危機感を語っています。
歌えることと、歌い続けたいことが離れ始めたのです。
2017年――歌うのをやめたい時、20分で出てきた言葉
ジェシーは音楽そのものと業界で働くことを切り分けられなくなり、新しい音楽を作る気持ちを失っていました。
そこでプロデューサーのDJ Camperが、後に「Think About That」となるビートを繰り返し流します。
ジェシーによれば、約20分で一曲を書き上げました。
歌詞にしたのは、自分が受けてきた扱いへの思いです。
書いて声に出して初めて、どれほど傷ついていたのか気づいたとも語っています。
重い内容を歌うために大きな声を封じた、という単純な転換ではありません。
前作では三人の声が交わる華やかな曲を歌った人が、今度は自分の経験から出た言葉を中心に据えたのです。
2017年の取材で、ジェシーは「Bang Bang」のような曲を二度とやらないわけではない、と明言しました。
ただ、またそういう曲を歌うためにも「Think About That」のような曲が必要だ、と。
ヒット曲を否定したのではなく、ヒット曲だけで自分を説明される状態を変えたかったのでしょう。
2018年――人の曲を歌う舞台と、自分で書くアルバム
その決意の直後に立ったのが、中国の『Singer』です。
決勝ではホイットニー・ヒューストンの歌唱でも知られる「I Will Always Love You」を選び、優勝しました。
自作曲を歌う必要を感じたジェシーが、他人の曲で大きな評価を得た。
矛盾して見えますが、彼女が拒んでいたのはカバーや共作そのものではありません。
自分にとって意味の薄い曲だけを、期待されるまま歌い続けることでした。
大きな舞台でカバーを歌うことと、自分の経験を歌にして発表すること。
2018年には、その二つが並行して進んでいました。
同年に発売された『R.O.S.E.』は、気づき、執着、性、力を意味する四つの章で構成されています。
ただし、先に四つの主題を決め、それに合う歌をそろえたわけではありません。
ジェシーによれば、書いていた内容を振り返ると、同じ四つの言葉へ繰り返し戻っていました。
曲から共通する主題を見つけ、作品全体の形にしたのです。
「Think About That」には自分への気づきが、「Not My Ex」には過去の関係から離れる思いが入る。
「Not My Ex」は伴奏を抑え、ジェシーの声を前に置いた曲です。
「Bang Bang」の共演で声を競い合う場面とは、歌の届き方が違います。
さらに「Queen」では、自分を励ます歌を、女性たちにも向ける歌へ広げました。
本人は、女性の美しさを決めつける言葉にうんざりした日の怒りと情熱から、この曲を書いたと話しています。
『R.O.S.E.』の曲はすべて静かで内向き、というわけではありません。
「Think About That」では過去の痛みを言葉にし、「Queen」ではその言葉を大勢へ向けて掲げる。
大きな声を使う場面を捨てず、何のために使うのかを本人が選ぶようになりました。
この時期の取材でジェシーは、3日間で5曲を録音した経験を振り返っています。
ある曲では、45分で歌を録り終えたことに制作相手が驚いたそうです。
歌を形にする力が足りなくて、自作曲へ向かったわけではないことが、この話からも分かります。
それでも本人は、録音した歌をさらによく歌えるようでありたい、と話しました。
短い時間で仕上げられることだけを、自分の到達点にはしていない。
『R.O.S.E.』で変わったのは、持っている技量の使い道です。
求められた歌を完成させる力を、自分の中にあった言葉を届けることへ、再び向け直しました。
2025年――悲しみを歌う曲と、喜びを歌う曲を並べる
2025年発表の『Don’t Tease Me With a Good Time』の曲は、ジェシーが2019年から2023年にかけて書いたものです。
2025年に先に発表した「No Secrets」では喪失や人前に立つことの複雑さをさらけ出し、続く「Living My Best Life」では、歌うたびに喜びを感じる祝祭の歌へ向かいました。
本人は、新作を一つのジャンルに閉じない選曲だと説明しています。
制作に時間がかかったことも、本人は後から違う意味で捉え直しました。
成功直後の次作では、勢いを保とうとする周囲の期待に応え、短期間で曲を作らなければならない。
それに対し今回は、数年間を生活しながら書けたことがよかった、と話しています。
待っている間のもどかしさが、そのまま無駄な時間になったわけではありませんでした。
二曲を「つらい経験の後に明るい歌へ切り替えた」とだけ並べると、制作の順序を取り違えます。
「Living My Best Life」は発表の約五年前に書かれ、その映像に使われた素材も2021年に撮影された、とジェシー自身が明かしました。
喜びの歌は、悲しみがすべて終わってから初めて生まれたわけではありません。
2025年のアルバムは、喪失から喜びへ向かう一枚としてまとめられています。
ジェシーは『R.O.S.E.』で「自分の言葉が必要だ」と気づき、その先で暗い言葉も明るい言葉も自分で選べるようになりました。
「Bang Bang」のような大きなポップを再び楽しむ余地も、そこに残っています。
かつてはヒット曲で目立つ声を持つ歌手として、ある時は自分の痛みを言葉にする書き手として、またある時はカバーを歌う舞台の主役として。
その役割を行き来できることが、ジェシー・Jの変化です。
初期に一曲をどう録音し、どんな歌を残したかは、ジェシー・Jの歌い方の記事で「Big White Room」を中心にたどっています。

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