ケイト・ブッシュの歌声はどう変わった?高音を追った時代から、昔の曲を今の声で歌い直すまで

2014年、ハマースミスで歌うケイト・ブッシュ ケイト・ブッシュ(Kate Bush)
Paul Carless / CC BY 2.0

ケイト・ブッシュは2011年、20年ほど前の自作を歌い直す途中で、企画を諦めかけました。最初は短期間でできると思っていたのに、時間をかけて録った原曲へ、もう一度入り込めない。前の歌唱を超えられるのかも分からなかったそうです。

転機になったのは、多くの曲のキーを少し下げることでした。ケイト自身、以前より声が低くなったと話しています。ただし、新録の目的は高音を避けて昔の曲を無難に歌うことではありません。「Moments of Pleasure」では、かつて自分が歌ったサビの言葉を外し、合唱のハミングに置き換えました。

若いころのケイトは、自分の曲に声を引っ張られて、高いところまで歌っていたと振り返っています。その歌手が年月を経て、曲の高さだけでなく、誰がどの言葉を歌うかまで選び直す。そこに至るまで、声と曲の主導権はどう変わったのでしょうか。

1978〜1982年――曲に声を伸ばす歌手から、声を配置する制作者へ

1978年のデビュー曲「Wuthering Heights」で、ケイトの高い声は強烈な印象を残しました。この曲では小説『嵐が丘』の人物を歌っており、高音は単なる技術の披露ではありません。どの人物の声として歌うかという選択でもありました。役柄と高音の関係はケイト・ブッシュの歌い方の記事で詳しく扱っています。

ところが、当時の自分の声を本人が満足していたわけではありません。1982年の取材でケイトは、初期の曲が声を高い音域へ連れていき、自分の望むような声にしにくかったと振り返っています。無理に高音を出したと断定できる話ではなく、作った曲の要求と、録音で実現したい声とのずれについての本人の説明です。

同じ取材では、アルバム『The Dreaming』を作ったころの声は、以前より強く、扱いやすくなったと語りました。初期には曲のほうに声を導かれる感覚があったのに対し、1982年のケイトは、自分の声をどう重ね、どこに置くかを考える立場になっていました。この作品で初めて単独でアルバムをプロデュースし、自分の歌を多重録音したうえで、声ごとに響きや配置を変えています。

声を高く伸ばせるようになることと、録音の中で声を自由に使えるようになることは、同じ変化ではありません。ケイトにとっては、歌う声を一つの音として作り込むことも、表現の幅を広げる方法でした。

1985〜1993年――長い物語と、自分の記憶を歌にする

1985年の『Hounds of Love』で、ケイトはレコードの片面を「The Ninth Wave」という連作にしました。海に取り残された人物の夜を、複数の曲でたどる構成です。2011年の取材で本人は、これが長い物語を作品として作る最初の試みだったと振り返っています。曲ごとに違う人物を演じるだけでなく、歌声を作品全体の進行に組み込む方向へ進んだのです。

一方で、1993年の『The Red Shoes』に収めた「Moments of Pleasure」には、もっと私的な記憶が入っています。身近な人たちと過ごした時間を思い出す歌で、サビにもケイト本人が歌う言葉があり、曲はそこへ繰り返し戻ります。この時点では、後年の再録でそのサビを外すとは決めていませんでした。

2005年『Aerial』――鳥の歌まで、物語に参加させる

2005年の『Aerial』では、長い物語を作る発想を別の景色で広げました。後半の「A Sky of Honey」は、夏の一日をたどる連続した音楽です。ケイトが着想にしたのは、夜明けや夕暮れの光で鳥が歌い始めること、そして鳥の声も一つの言葉として考えられないかという問いでした。人物のせりふだけが、物語を運ぶ声ではなくなっていきます。

ただし、こうした作品を作ったからケイト本人の音域がこの時点で変わった、とまでは言えません。ここで変わったと確認できるのは、声を置く物語の大きさと、歌声以外の音まで語りに参加させる発想です。この二つの連作は、のちに2014年の舞台で再び向き合う作品にもなりました。

2011年――1993年の歌を、同じ形では歌わない

2011年の『Director’s Cut』では、彼女は1989年と1993年の作品から選んだ曲を録り直しました。しかし、最初から原曲に不満があったわけではありません。作った当時は最善を尽くし、歌も丁寧に録ったと話しています。それでも今なら違う録音ができると考えた。古い歌唱より上手に歌えるかを競うより、今の自分がどう曲へ入り直すかが問題でした。

そこで多くの曲のキーを少し下げます。本人によれば、以前より低い自分の声で歌に入る手がかりになりました。さらに音を減らし、演奏が息づく余地を作ります。これは単なる移調ではなく、歌と伴奏の距離も変える作業でした。

「Moments of Pleasure」では、その選択がもっとはっきりします。ピアノを中心にして、サビの歌詞を取り除き、代わりに合唱が旋律をハミングする。ケイトは、聴く人に歌われなくなった言葉を想像してほしかったと説明しています。原曲を知らない人にも、そこに言葉のない声が残る。思い出を語る歌なのに、いちばん説明しやすいはずの部分を言い切らないのです。

ケイト自身、サビを外したことで、曲が以前より物語を語る形になったと振り返りました。高音を低音に置き換えるだけなら、原曲の構造はそのままでよかったはずです。しかし彼女は、何を自分で歌い、どこを聴き手の記憶に預けるかまで変えました。冒頭に置いた2011年版は、1993年版の上書きではなく、年月を経て同じ歌を別の角度から見た録音です。

2011年――自分が歌わない高音にも、物語を託す

同じ2011年に発表した『50 Words for Snow』では、ケイトは声の高さを別の形で使いました。「Snowflake」の高い声を歌うのは、息子のバーティーです。彼女は曲を書く段階から、当時の彼の声を想定していました。成長すれば変わる子どもの高い声と、ほどなく消える雪片を重ねたのです。

続く「Lake Tahoe」では、高い声の男性二人が物語を始め、自分の低い声が後を継ぐ配置を楽しんだと話しています。1970年代の高いケイトの声を再現する必要はない。曲の中に高い声を残したければ、今ある別の声と自分の声を組み合わせることができます。

このアルバムの長い曲では、ピアノと歌を先に録り、一定のクリックに合わせずに進めたとも語りました。リズムを先に固定するのではなく、歌とピアノの動きに、後からスティーヴ・ガッドのドラムが寄り添う。1982年にはリズムマシンの厳格な拍に当初苦労し、その拍の間で歌うことを覚えたと話していた彼女が、今度は長い曲の時間の流れを先に作っていたのです。

2014年――過去の曲を、舞台で別の時間に生かす

2014年の公演『Before the Dawn』で、ケイトは1985年の「The Ninth Wave」と2005年の「A Sky of Honey」を選びました。前者は暗い海、後者は光に満ちた空。本人は、この対照的な二つの物語なら、曲を並べるだけではない一つの舞台を作れると考えたと話しています。

2014年のBefore the Dawn公演で歌うケイト・ブッシュ
2014年のBefore the Dawn公演で歌うケイト・ブッシュ。写真:Paul Carless / CC BY 2.0

準備には歌そのものとは違う難しさもありました。「And Dream of Sheep」で海に漂う女性を描くため、水槽に横たわって歌う映像を撮影したのです。ケイトは、仰向けで歌うことも、水中で使うマイクも未知だったと振り返っています。この映像は公演中に投影されるもので、客席の前で水槽に入って歌ったという意味ではありません。

舞台の曲はバンドとの作業で変化し、ケイトも久しぶりの公演に不安を感じていました。それでも、古い録音をそのまま再現することを目標にはしなかった。歌と映像と俳優の演技を合わせ、かつて作った物語を2014年の公演として組み直しています。

1982年のケイトは、曲が自分の声を高いところへ運んでいくと話していました。2011年には、声に合わせてキーを変え、サビの言葉を引き、高い声は別の歌手へ託す。2014年には長年抱えてきた曲を、新しい舞台の中で歌いました。彼女が広げてきたのは、出せる音の高さだけではありません。誰の声で、どの高さで、どの言葉を歌うかを選ぶ自由でした。

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