北島三郎の「まつり」には、歌の上手さに感心しているだけでは済まない楽しさがあります。
大きな声を聴いていたはずが、自分も一緒に声を出したくなる。
北島の豪快さは、聴く人を歌に参加させるところまで含めて考えると、もっと面白くなります。
本人も劇場公演では、聴いてもらう曲と、一緒に歌ってもらう曲を選んでいると話していました。
声で圧倒するだけでなく、その声に応えたくなる場を作る。
2006年の新宿コマ劇場で歌われた「まつり」も、北島が長く続けてきた、そんな劇場公演の一場面です。
掛け声だけでも、北島三郎に頼みたかった
北島の声が求められるのは、一曲を丸ごと歌うときだけではありません。
2023年、大江裕のデビュー15周年記念曲「時代の海」には、北島の「ヨイショ」という掛け声が入りました。
北島はこの曲を、原譲二の名で作詞・作曲しています。
長く自分のもとで学んだ大江が独立する時期に、船出を歌う曲を贈ったのでした。
さらに掛け声も、大江が頼んで北島に入れてもらったものです。
大江にとっては、そこを歌うのは師匠でなければならなかった。
長い旋律や難しいこぶしを任せたわけではないのに、わざわざ北島の声を必要としたところが興味深いと思います。
一言で歌を勢いづけると同時に、弟子にとっては、師匠がそばで励ましてくれる声にもなるからです。
大江はこの曲を歌ううち、客席からも「ヨイショ」と声が返ってくるようになったと話しています。
歌手が掛け声を入れるところで、客席の人も一緒に声を出す。
北島が「まつり」で作ってきた楽しさに通じるものを、弟子の歌にも感じます。
師匠から渡されたのは、三味線漫談のレコードだった
ただ、声さえ立派なら、人の気持ちが動く歌になるわけではありません。
北島自身も、若い頃にそこを学び直しています。
歌手になる前の北島は、飲食店などを回り、客の前で歌う「流し」をしていました。
歌い慣れていた北島に対し、師匠となった作曲家の船村徹は、誰かに似た歌い方が抜けていないと感じます。
下手だから困ったのではなく、上手でも、本人の言葉として伝わる歌にする必要があったのでしょう。
船村が勉強のために渡したのは、田端義夫と柳家三亀松のレコードでした。
田端は歌手ですが、三亀松は三味線を交えて語り、客を笑わせる芸で知られた人です。
歌手を目指す若者に、歌のレコードだけでなく、話芸のレコードを聴かせたのです。
船村が覚えてほしかったのは、旋律を追うだけではない「語り」でした。
言葉は、同じ内容でも、ひと息で言うか、途中で待つかで、相手への伝わり方が変わります。
歌にも、声を伸ばす技術とは別に、そうした言い方の工夫がある。
北島の歌を声量やこぶしだけで説明すると、この大切な部分を見落としてしまいます。
そっくりに聞こえる理由は、声だけではなかった
北島の歌い方を考えるうえで、大江の話にはもう一つ面白いものがあります。
師匠の歌を繰り返し聴くうちに、自分の歌も似てくる。
そのとき大江が挙げたのは、声そのものよりも、息継ぎでした。
どこまでを続けて歌い、どこで息を入れるのか。
その区切りが似ると、言葉の運び方や、次の言葉を待つ時間も似てきます。
北島らしさを感じさせるのは、声の太さだけではないのです。
また、北島は大江に、現在の自分ばかりを聴かず、20代から30代の頃の録音を聴くように勧めていました。
30代の弟子には、年齢の近かった頃の自分の歌も学んでほしいということです。
おなじみの「サブちゃんの声」を一つの型として覚えるより、いつの北島がどう歌っているかまで聴き分ける。
歌い継ぐための勉強も、そこまで細かかったのでした。
師匠に似た声を持ちながら、自分らしく歌うにはどうするか。大江自身の試行錯誤は、大江裕の歌い方で詳しく扱っています。

あまりに派手で、歌を聴いてもらえない?
言葉を伝える工夫を重ねた北島は、舞台では、歌う姿まで大きな見せ場にしました。
代表的なのが、1984年に発表した「まつり」です。
自ら作曲したこの曲を、北島は劇場公演のフィナーレに育てていきました。
2012年の明治座公演では、フィナーレに、二階席へ近づくほどの大仕掛けを用意しました。
その年の干支である辰がモチーフです。
北島は、あまりに大きな仕掛けが出てくると、客が見上げるのに夢中になり、「まつり」を聴いてくれないのだと笑っていました。
歌を聴いてもらうための舞台なのに、歌以外に目を奪われても、本人は楽しそうなのです。
そこに、北島の公演の考え方がよく表れている気がします。
歌唱力を静かに評価してもらうことだけが、目的ではなかったのでしょう。
北島が望んでいたのは、来た人が元気になり、次は家族も連れて来たいと思う公演でした。
驚いて見上げる時間も、一緒に歌う時間も、その楽しみのうちです。
「まつり」の豪快な声と大仕掛けは、どちらも、客が遠慮せずに楽しめる舞台を作っていたのだと思います。
2026年にも、「まつり」は一人の歌では終わらなかった
2026年6月、北島は「MUSIC AWARDS JAPAN」の演歌・歌謡曲ライブで、特別功労賞を受け取りました。
89歳の北島は座ったまま、共演者たちと「まつり」を歌い、途中には掛け声も加えています。
北島が歌い、周りの歌手も一緒に声を出す。
大勢で歌う曲として「まつり」が受け継がれてきたことが、その舞台にも表れています。
北島の歌声を聴く楽しみと、北島と一緒に歌う楽しみ。その二つが重なった場面でした。

声を聴かせる、その先にある楽しさ
北島三郎の歌を聴くなら、よく響く声やこぶしに加えて、言葉をどこで区切るかにも注目すると、歌い方の印象が変わると思います。
そして「まつり」では、自分も何か声を返したくなるのはどんな瞬間か。
そこにも、北島の歌の魅力があります。
「時代の海」で大江が頼んだ掛け声は、ほんの短い一言でした。
それでも、弟子を励まし、客席からも同じ言葉を引き出した。
立派な声を聴いた、で終わらず、自分も歌の仲間に入りたくなる。
北島の豪快さが楽しいのは、聴いている自分も、声を返して一緒に盛り上がれるからではないでしょうか。






コメント