北島三郎の「まつり」には、歌の上手さに感心しているだけでは済まない楽しさがあります。
大きな声を聴いていたはずが、自分も一緒に声を出したくなる。
北島の豪快さは、聴く人を歌に参加させるところまで含めて考えると、もっと面白くなります。
本人も劇場公演では、聴いてもらう曲と、一緒に歌ってもらう曲を選んでいると話していました。
声で圧倒するだけでなく、その声に応えたくなる場を作る。
2006年の新宿コマ劇場で歌われた「まつり」も、北島が長く続けてきた、そんな劇場公演の一場面です。
よく響く声と、こぶしを回す歌は同じではない
北島は若いころ、テノール歌手の声に関心を持ち、発声法を学んだと話しています。
鼻に響かせることや、上顎に声を当てることも、本人が試した工夫でした。
これは北島自身が、声の響きをどのような感覚で探していたかを示す言葉です。
その発声の経験が、持ち歌の中でどう生きているのか。
クラシックを学んだ経歴を持つ原田悠里は、「北の大地」を例に、北島はこぶしを回さず堂々と歌い、「兄弟仁義」とは異なる歌唱をしていると説明しています。
曲によってはクラシック的な発声をしていても、聴く人との間に距離を感じさせないとも語っていました。
よく響く声があり、そこにどれだけ節回しを加えるかは曲によって選ぶ。
北島の豪快さを、いつも同じようにこぶしを回す歌い方だと考えると、この幅が見えにくくなります。
「北の大地」と「兄弟仁義」を手がかりにすると、声の広がりと、言葉に付ける節の動きを分けて聴く面白さが見えてきます。
北島本人も、声がよいことやこぶしが上手なことだけでは、感動は生まれないと話していました。
その声で、どんな人のどんな気持ちを届けるのか。
響きを探してきた人だからこそ、声の先にある歌詞や、受け取る相手を大切にしていたのでしょう。
掛け声だけでも、北島三郎に頼みたかった
北島の声が求められるのは、一曲を丸ごと歌うときだけではありません。
2023年、大江裕のデビュー15周年記念曲「時代の海」には、北島の「ヨイショ」という掛け声が入りました。
北島はこの曲を、原譲二の名で作詞・作曲しています。
長く自分のもとで学んだ大江が独立する時期に、船出を歌う曲を贈ったのでした。
さらに掛け声も、大江が頼んで北島に入れてもらったものです。
大江にとっては、そこを歌うのは師匠でなければならなかった。
長い旋律や難しいこぶしを任せたわけではないのに、わざわざ北島の声を必要としたところが興味深いと思います。
一言で歌を勢いづけると同時に、弟子にとっては、師匠がそばで励ましてくれる声にもなるからです。
大江はこの曲を歌ううち、客席からも「ヨイショ」と声が返ってくるようになったと話しています。
歌手が掛け声を入れるところで、客席の人も一緒に声を出す。
北島が「まつり」で作ってきた楽しさに通じるものを、弟子の歌にも感じます。
そっくりに聞こえる理由は、声だけではなかった
北島の歌い方を考えるうえで、大江の話にはもう一つ面白いものがあります。
師匠の歌を繰り返し聴くうちに、自分の歌も似てくる。
そのとき大江が挙げたのは、声そのものよりも、息継ぎでした。
どこまでを続けて歌い、どこで息を入れるのか。
その区切りが似ると、言葉の運び方や、次の言葉を待つ時間も似てきます。
北島らしさを感じさせるのは、声の太さだけではないのです。
また、北島は大江に、現在の自分ばかりを聴かず、20代から30代の頃の録音を聴くように勧めていました。
30代の弟子には、年齢の近かった頃の自分の歌も学んでほしいということです。
おなじみの「サブちゃんの声」を一つの型として覚えるより、いつの北島がどう歌っているかまで聴き分ける。
歌い継ぐための勉強も、そこまで細かかったのでした。
音楽史研究者の輪島裕介は、船村徹の回想録『演歌巡礼』を引き、若い北島に田端義夫と柳家三亀松のレコードを聴かせた話を紹介しています。
船村が覚えてほしかったのは、旋律の上手さだけでなく、歌の中の「語り」でした。
言葉をどこで区切り、次の言葉までどう待つか。
大江が北島の息継ぎを手がかりにした話ともつながります。
輪島は「ギター仁義」についても、語る調子になったあと、旋律のある節回しへ戻るところに注目しています。
歌の途中で人物がこちらへ話しかけてきて、また音楽の流れへ戻っていく。
言葉を大きく響かせるだけでなく、会話に近づける瞬間を作れることも、北島の声の使い方の一つです。
息継ぎを手がかりにすると、音が伸びている時間だけでなく、次の言葉が始まるまでの時間にも耳が向きます。
その区切りがあるから、歌詞の人物の言葉として受け取りやすくなる。
声の勢いと、言葉を語る間合いが、一曲の中で働いているのです。
師匠に似た声を持ちながら、自分らしく歌うにはどうするか。
大江自身の試行錯誤は、大江裕の歌い方で詳しく扱っています。

写真出典:明治座
あまりに派手で、歌を聴いてもらえない?
北島は舞台で、歌う姿まで大きな見せ場にしました。
代表的なのが、劇場公演のフィナーレを飾る「まつり」です。
2012年の明治座公演では、フィナーレに、二階席へ近づくほどの大仕掛けを用意しました。
その年の干支である辰がモチーフです。
北島は、あまりに大きな仕掛けが出てくると、客が見上げるのに夢中になり、「まつり」を聴いてくれないのだと笑っていました。
歌を聴いてもらうための舞台なのに、歌以外に目を奪われても、本人は楽しそうなのです。
そこに、北島の公演の考え方がよく表れている気がします。
歌唱力を静かに評価してもらうことだけが、目的ではなかったのでしょう。
北島が望んでいたのは、来た人が元気になり、次は家族も連れて来たいと思う公演でした。
驚いて見上げる時間も、一緒に歌う時間も、その楽しみのうちです。
「まつり」の豪快な声と大仕掛けは、どちらも、客が遠慮せずに楽しめる舞台を作っていたのだと思います。
声を聴かせる、その先にある楽しさ
北島三郎の歌を聴くなら、よく響く声やこぶしに加えて、言葉をどこで区切るかにも注目すると、歌い方の印象が変わると思います。
そして「まつり」では、自分も何か声を返したくなるのはどんな瞬間か。
そこにも、北島の歌の魅力があります。
「時代の海」で大江が頼んだ掛け声は、ほんの短い一言でした。
それでも、弟子を励まし、客席からも同じ言葉を引き出した。
立派な声を聴いた、で終わらず、自分も歌の仲間に入りたくなる。
北島の豪快さが楽しいのは、聴いている自分も、声を返して一緒に盛り上がれるからではないでしょうか。
「なみだ船」を歌うたびに新しい歌と考え、「まつり」のビートや舞台の形も変えてきた歩みは、北島三郎の歌声の変遷で紹介しています。







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