「情熱」でUA(ウーア)を知った人には、あの声の迫力が残るだろう。
けれど「ミルクティー」を聴くと、同じ声がぐっと近く、穏やかに感じられる。
どちらも朝本浩文と作った曲だ。
違いを生むのは、声の強弱だけなのだろうか。
手がかりは、歌の周りに置かれた音と、歌が向かう相手にある。
「情熱」の制作でUAが好んだのは、実は最も音数を抑えた案だった。
強い声を持つからこそ、伴奏まで音で埋め尽くす必要はない。
一方の「ミルクティー」には、身近な人へ言葉を渡す温かさがある。
二曲を並べると、同じ声をどう聴かせるかは、曲と伴奏の選び方でも変わることが分かる。
「情熱」でUAが選びたかった、音の少ない伴奏
「情熱」の制作は、朝本から届いたレゲエ調の曲を、そのまま歌って終わりではなかった。
UAは音の方向について希望を伝え、朝本と話し合いながら形を変えた。
完成までに、音数を抑えた案、管楽器で華やかにする案、その中間の三つがあったという。
UAが好きだったのは、最も音の少ない案。
ディレクターは華やかな案を希望し、発表されたものは中間の形になった。
歌声を派手に飾れば強い曲になる、という単純な考えではない。
音を減らせば、リズムの一打や、声が途切れた後の空間も曲の一部として働く。
管楽器が加われば、歌と演奏が一緒に前へ出る力も増す。
三つの選択肢は、歌をどこに置くかの違いだった。
歌の内容も、勢いだけでは片付かない。
UAは、好きな相手を十分に理解できていないという当時の経験が、歌詞に影響したと話している。
「情熱」という題名でも、ただ思いを強くぶつければ済む話ではない。
堂々と響く歌と、相手をつかみきれない気持ち。
その両方があるから、この曲は華やかな伴奏の中でも一色にならない。
「ミルクティー」が作る、別の近さ

出典:Bezzy
「ミルクティー」も朝本が手がけた。
公式の作品紹介では、ゆったりしたリズムと母性的な温かさを持つ曲として説明されている。
「情熱」と同じ作り手の組み合わせでも、曲が求める距離は違う。
この歌にあるのは、相手の疲れや悲しみに寄り添う親しさだ。
大きな感情を遠くまで投げるより、近くにいる人へ言葉を手渡す。
その気分と急かさないリズムが重なると、UAの声は力強さを残したまま、安心できる場所にもなる。
ここで大切なのは、穏やかな曲だから歌手が別の声になった、という話ではないこと。
声の向け先と伴奏が変われば、聴き手が受け取る声の表情も変わる。
「情熱」では声と演奏のせめぎ合いを、「ミルクティー」では歌がそばにいる感覚を楽しめる。
憧れの声をまねるだけでは、歌にならなかった
UAが影響を受けた歌手には、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョプリンがいる。
だが本人は、その歌い方をそのまま自分に当てはめても合わないと考えていた。
歌手の声だけでなく、それを支える音に関心を向けたのは、歌い始めの経験ともつながる。
大阪の店で歌う仕事を始めた頃、UAはアレサの「Chain of Fools」を歌いたかった。
しかし周囲から難しいと言われ、別の曲を練習する。
いざバンドの前に立つと、演奏のどこから歌い始めればよいのか分からなかった。
自分一人で曲を知っていることと、バンドと一緒に歌えることは違ったのである。
改めて希望していた「Chain of Fools」を歌うと、今度は最後まで歌えた。
UAは、お客さんの前で演奏に合わせ、気持ちよく歌えた最初の経験として振り返っている。
憧れの声に近づけたから成功した、という話ではない。
自分が曲の入り方をつかみ、周りの演奏と歌を結び付けられた経験だ。
その後もUAは、クラブで聴いた音楽の元の曲をたどり、リズムや音づくりに耳を向けた。
本人が目指したのは、個性的なサウンドへ声を重ねたときの格好よさ。
「ソウルフル」という形容だけでは、「情熱」の伴奏を選ぶ細やかさも、「ミルクティー」の曲に合わせる親しさも説明しきれない。
一晩のライブでも、二曲の距離は違う

写真:田中聖太郎。
出典:Mikiki
2019年の「WATASHIAUWA Tour」最終日のレポートには、二曲を同じ夜に歌う場面がある。
「ミルクティー」は内橋和久のアコースティックギターとともに披露され、穏やかで親密な時間を作ったという。
その後の「情熱」では客席が立ち上がり、UAの節回しも自由さを増したと記されている。
当日の曲順と編曲を知ると、録音された二曲の違いがライブでも固定した型ではないと分かる。
一晩の中に、「ミルクティー」を親密に歌う場面と、「情熱」で客席と一緒に動く場面がある。
UAの歌だけを取り出して対比するより、バンドと観客を含む場面ごと考えたほうが、この二曲の距離をつかみやすい。
同じ曲でも、別の日には違う楽器、違う観客がいる。
歌手が好きに変えているというだけではなく、周りの音が歌い方へ返ってくる。
その往復が、UAのライブで昔の曲をもう一度聴く楽しみになる。
歌う高さも、曲に合わせて選び直している。
2022年の取材では、「太陽手に月は心の両手に」はもともとのキーがとても高いため、当時のライブでは下げて歌っていると話した。
昔の録音の高さをそのまま保つことより、今の声でその曲を歌う形を選んでいるわけだ。
キーを変えたこの一曲から、すべての曲の声域や発声を決めることはできない。
ただ、原曲とライブを比べるときには、伴奏の違いに加えて、どの高さに声を置いているかという見方もできる。
同じ言葉を歌い続けるための工夫は、節回しの変化だけではない。
「微熱」は、切ない歌詞と踊れるリズムを一緒に置いた
「微熱」を作詞作曲したマヒトゥ・ザ・ピーポーが最初に届けたのは、ゆっくりした弾き語りの曲だった。
UAはその形も気に入ってアコースティック版を録音したが、発表する曲は踊れるものにしたいと考えた。
切ない歌詞を切ない伴奏で包むだけが、この曲の答えではなかった。
踊れるリズムがあると、歌に含まれる寂しさは消えるのではなく、体を動かせる気持ちと同居する。
同じメロディーと言葉でも、伴奏が変われば受け取り方が変わる。
「情熱」で音数を選んだときから続く、UAの曲への向き合い方が、ここにもある。
「お茶」では、身近な言葉をラップにもする
『Are U Romantic?』の「お茶」では、さらに違う声の使い道が生まれた。
永積崇から届いたメロディーのデモには、「お茶漬け」という仮題が付いていたという。
UAは、日常の延長にある親しみやすい歌詞を書きたいと考えていたため、その題を喜んだ。
本人は、ラップの部分を含めて、自分にとって新しい表現になったと振り返っている。
旋律を長く伸ばす声だけでなく、言葉をリズムに乗せて運ぶ声も、同じ歌手の選択肢になる。
「ミルクティー」がゆったりした歌で作る親しさと、「お茶」が日常の言葉やラップを交えて作る親しさ。
聴き手に近づくためにも、UAは一つの歌い方にとどまらない。
UAが時期ごとに歌へ持ち込む言葉や、聴く人との関係をどう変えたかは、UAの歌声の変遷をたどる記事で追っている。
ここで見た曲は、どの時期にも共通する一つの面を示している。
UAは声を単独で目立たせるのではなく、曲に合う音と距離を選ぶ。
その選択を知ると、それぞれの歌の強さと柔らかさが、別々の魅力として見えてくる。







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