KANの歌い方|掛け声ひとつにも、曲を楽しくする理由がある

2020年のインタビューで話すKAN KAN
2020年のKAN。撮影:朝岡英輔/音楽ナタリー

KANの「よければ一緒に」には、歌の途中で「はいっ!」と声をかけるところがあります。
温かな曲に、急に陽気な人が顔を出したような一声です。
本人によると、ここは普通ならドラムを鳴らす場所でした。
その一打を、自分の声に置き換えたのです。

KANの歌には、こうした工夫が隠れています。
旋律を歌う声だけでなく、掛け声や、曲ごとに変える歌い口まで含めて、ひとつの曲を作っていました。
「愛は勝つ」の力強い歌声を思い浮かべながら聴くと、同じ人のこんな表情もあったのかと気づかされます。

「はいっ!」で、聴いている人も歌の仲間になる

2010年の「よければ一緒に」は、みんなで歌う楽しさを持った曲です。
KANは2015年のインタビューで、歌詞も一緒に歌う方向へ進んでいくから、あの場所ではドラムのタムの代わりに声を出したのだと説明しています。
タムは、曲の区切りなどで「ドン」と鳴らす太鼓です。
伴奏が次の展開へ進む合図を、歌手自身が声で引き受けたわけです。

この説明を知ると、「はいっ!」には二つの役目があると分かります。
音楽の勢いをつなぐことと、聴いている人に一緒に歌おうと呼びかけることです。
遠くで完成された歌を聴いていたつもりが、いつの間にかこちらにも出番が来る。
あの短い声が、歌手と聴き手の距離を縮めています。

KAN自身は、人の気を引くために、そこだけ変わったことをしようと考えたわけではないと話しています。
曲の流れに合う音を選んだ結果、それが掛け声になった。
歌の中の笑いにも、ちゃんと音楽上の理由があるところが面白いのです。

2019年の対談に臨むKAN
2019年のKAN。Photo:Yuma Totsuka/Billboard JAPAN

一曲ごとに、声の表情を変えていい

KANが好きだったビリー・ジョエルについての発言にも、歌声への関心が表れています。
2017年のラジオでは、ビリーは曲ごとに声も歌い方も変える人だと語っていました。
ピアノや作曲だけでなく、歌うときの変身ぶりにも惹かれていたのです。

KAN自身の曲では、2020年の「君のマスクをはずしたい」が分かりやすい例です。
演奏を担当したのは、ロックバンドのTRICERATOPS。
KANはこの曲の終盤のシャウトについて、フレディ・マーキュリーをイメージしたと説明しています。
ピアノの前で穏やかに歌う姿だけでは、この声の選び方は予想できません。

一方、「おしえておくれ」の歌い方は、あとから岡村靖幸に似ていると言われたものの、最初から真似するつもりではなかったそうです。
目標とする歌手を思い描くこともあれば、曲に合わせて歌ううちに、その歌い口になることもある。
好きな歌手を思い浮かべることも、その曲に似合う声を探す方法のひとつだったのでしょう。

ビリー自身が曲によって歌う人物を変える話は、ビリー・ジョエルの歌い方で詳しく取り上げています。
KANが彼のどんなところを好きだったかを知ると、ピアノを弾く二人の、声の使い方まで比べたくなります。

歌う前から、言葉の響きを作っている

曲に合う声を探す作業は、録音するときだけのものではありません。
KANは歌詞を書く段階で、口に出したときの音をとても大事にしていました。
まず旋律があり、そこへ言葉を乗せていく作り方です。

こだわっていたのは、行の終わりだけを似た音にする韻ではありません。
行全体で音が対応するように、言葉を考えることもあると話しています。
意味が通るだけでなく、歌ったときに音として気持ちよくつながることまで、作詞の仕事に含まれていたのです。

歌詞を読むときには、何を言っているのかが気になります。
歌として聴くと、同じ言葉でも、旋律に乗ることで口ずさみやすくなったり、似た響きが繰り返される楽しさが出てきたりします。
KANは、その楽しさを言葉選びの時点から作っていました。
先ほどの掛け声と同じで、声にして初めて分かる面白さを、曲の中に用意していたわけです。

2020年のインタビューで笑顔を見せるKAN
アルバム「23歳」について語るKAN(2020年)。撮影:朝岡英輔/音楽ナタリー

平井堅に渡そうとした「エキストラ」を、自分で歌う

そんなKANが、切ない曲では誰の声を選ぶのか。
その答えが意外な形で決まった曲が「エキストラ」です。
2020年のアルバム『23歳』に入った「エキストラ」では、好きな相手の人生で、自分が大きな存在にはなれない切なさを歌っています。

この曲が生まれたきっかけは、平井堅、秦基博と一緒に飲んでいた夜でした。
店のカウンターで、ある女性がとても切ない曲を歌っていた。
それを聴いたKANは、自分も女性に歌ってもらえる切ない曲を作りたいと思ったそうです。

デモができると、KANは平井堅に、歌ってみないかと送りました。
ところが返ってきたのは、曲を書いた本人が歌うほうがよいという答えでした。
平井は、この曲には作り手自身が歌うからこそ伝わるものがあると感じたのです。
そうして「エキストラ」は、KANが自分で歌う曲になりました。

KANはこの曲について、女性を主人公にするために、自分とは遠い物語を一から作ったわけではないとも説明しています。
自分の視点で書き、「僕」を「私」に、「君」を「あなた」に変えていった曲でした。
女性に歌ってほしいと考えた曲にも、作詞をしたKANの視点が残っていたのです。

だからといって、歌詞をそのまま本人の恋愛の記録として読む必要はありません。
ここで興味深いのは、別の人に歌ってもらおうとしていたKANの声に、平井堅がその曲ならではの説得力を見つけたことです。
曲に合う歌い方を考え続けてきたKANが、平井に勧められて、自分の声で歌うことを決めた。
「エキストラ」には、そんな経緯も重なっています。

掛け声も、切ない歌も、曲に必要な声を選ぶ

「よければ一緒に」では、短い掛け声でみんなを歌へ誘う。
「君のマスクをはずしたい」では、ロックの演奏に合わせてシャウトする。
そして「エキストラ」では、自分の書いた切ない言葉を、自分の声で歌う。
曲が変われば、声に求める役目も変わります。
KANはその違いに合わせて、歌い方を考えていました。

その曲には、どんな声があると面白くなるのか。
どんな歌い方なら、気持ちが届くのか。
KANはそこまで含めて曲を作る人でした。
次に歌の途中で思いがけない一声が聞こえたら、笑いながら、その声が曲のどこを楽しくしているのかにも耳を向けてみたくなります。

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