ザ・ウィークエンドの歌い方|「The Hills」は、なぜ甘い高音だけでは終わらないのか

2017年、マイクを持つザ・ウィークエンド ザ・ウィークエンド
Pedro Mora / CC BY 3.0

ザ・ウィークエンドの声には、メロディーだけでも耳を引く甘さがあります。
それなのに、曲を聴いていると、安心して身を任せられる優しい歌とは違う気分になる。
2015年の「The Hills」は、その不穏さがよく表れた一曲です。

この曲では、低く話すような声と、高く強く歌う声が、一人の歌手から出てきます。
さらに録音のざらつきが加わり、サビは、ただ美しい高音を聴かせる場面には収まりません。
ウィークエンドの歌い方の面白さは、声の美しさの中へ、落ち着かなさまで持ち込めることにあります。

低く話す声から、サビで強く歌う声へ

「The Hills」は、深夜の関係や欲望を歌う曲です。
その内容を、最初から最後まで同じ力で押し通してはいません。
制作に関わったイランジェロは、サビの前は低い声で、ほとんど話すように静かに歌い、サビでは高い声で叫ぶように歌っていたと説明しています。

この落差があると、サビは単にメロディーの高い場所以上のものになります。
それまで抑えられていた気持ちが、急に強く出てきたようにも受け取れるからです。
静かな歌い方を先に聴いていることで、サビの声がぐっと迫ってきます。

イランジェロは、その歌唱の差を受けて、サビの声へ歪みを加えました。
声を二重にしたような厚みも、録音の処理で作っています。
本人が強く歌うことと、録った声を荒く響かせることが重なって、あのサビになったのです。

高音を聴くとき、「本人がどんな声を出しているか」へ耳が向くのは自然です。
この曲ではそこに、「その声を、どんな響きでこちらへ届けているか」という面白さも加わります。
サビ前の低い声と、サビで膨らむ声をひと続きに聴くと、迫力が生まれる理由もつかみやすくなるでしょう。

2015年、Bumbershootで歌うザ・ウィークエンド
2015年、Bumbershootで歌うザ・ウィークエンド。写真:Kayla Johnson / CC BY 2.0

きれいに磨くより、荒さを生かした一か月

「The Hills」のもとになったのは、プロデューサーのマノが送ったデモでした。
それを聴いたウィークエンドがメロディーを歌い始め、曲が動き出します。
イランジェロによれば、その後はおよそ一か月、この曲を細かく作り込んでいました。

彼らが目指したのは、サビが思いどおりの強さで響き、曲全体に荒々しさが残ることでした。
イントロや曲の途中の展開も直しながら、歪みの加減を詰めていったそうです。
最初の歌のひらめきから、完成した録音の印象まで、何段階もの判断があったのですね。

甘い声をもっとなめらかに聞かせることも、選択肢としてはあったはずです。
けれど、この曲では、ざらつきがあるからこそ、サビを気持ちよく口ずさむだけでは済まない感じが残ります。
歌の魅力と危うさを、同じ場所に置いているのです。

「The Hills」の声を、一種類の発声の名前だけで説明するのは難しいでしょう。
低く抑えて歌ったあとに強く歌う構成も、その歌を荒く仕上げた音も、聴こえてくる人物の印象を作っているからです。

加工できる声にも、まず歌った瞬間の強弱がある

ここまで録音の話が続くと、声の印象はあとから作るものだと思うかもしれません。
ただ、初期作品を録っていたイランジェロが大事にしたのは、ウィークエンド自身の歌の強弱でした。
録音時には強い音をあらかじめ押さえ込む処理をせず、声が大きく動く状態を残していたと話しています。

小さく歌ったところも、大きく歌ったところも、まずは歌手の動きとして受け取る。
そのあとで、曲の中で何を強調するかを決める。
歌手の表情を残しておくことが、録音を作り込むための出発点だったのです。

初期からウィークエンドとイランジェロは、音を鳴らすとすぐ歌が生まれるような作り方もしていました。
すべての言葉と歌い回しを先に固めてから、マイクの前に立っていたわけではありません。
思いついた声の動きをつかまえ、それを曲にしていく面があったのですね。

「The Hills」の静かな声と強い声も、その人が歌うから生まれる差です。
録音の処理は、その差を聴き手にはっきり感じさせる仕事も担っています。
歌唱と音作りを一緒に見ると、ウィークエンドの声を、加工の有無だけで分けるよりも面白く聴けます。

甘い声で歌っていても、優しい人物とは限らない

もう一つ考えたいのが、誰の気持ちを歌っているかです。
ウィークエンドことエイベル・テスファイは、若いころの経験を曲に使いつつ、映画のように膨らませているとも説明しています。
歌に出てくる人物には本人の一部があっても、すべてをそのまま告白した記録ではないのです。

だからこそ、甘い声で親密に聞こえる言葉を歌っていても、その人物を素直に信じてよいとは限りません。
相手を求める気持ちと、自分の欲望を優先する気持ちが、一緒に出てくることもある。
魅力的な声があるほど、その身勝手さに気づいたときの印象は複雑になります。

2018年、ケベック公演でのザ・ウィークエンド
2018年、ケベック公演でのザ・ウィークエンド。写真:Nicolas Padovani / CC BY 2.0

言葉の意味を知る前に声へ引かれる、という聴き方には、本人の原体験にも通じるところがあります。
彼の声には、マイケル・ジャクソンなどからの影響に加えて、家庭で聴いたエチオピアの音楽も息づいています。
本人は、幼いころに歌詞の細かな意味が分からなくても、その音楽に親しんでいたと振り返っています。
言葉をすべて理解する前から、声の調子で気持ちを受け取る経験があったのです。

ウィークエンドの曲も、まず声の魅力に引かれ、あとから歌っている内容の暗さに気づく、という順番で楽しめます。
そのとき、美しい声と危うい人物像の組み合わせが、より強く印象に残るでしょう。

初期の内向きな録音から、覚えやすいポップ曲やダンス曲へ、その声をどう広げていったのかは、ザ・ウィークエンドの歌声の変遷でたどっています。

高音だけを切り取らず、その前の声から聴く

「The Hills」のサビが強く響くのは、その前に、低く抑えた歌い方があるからです。
そこへ本人の強い声と、録音で加えた厚みや歪みが重なります。
声の甘さを残しながら、気持ちの荒れたところまで感じさせるのが、この曲の面白さです。

ウィークエンドの高音を聴くなら、きれいに出た一音だけでなく、そこへ至るまでの声も追ってみる。
静かに話していた人が、どこで強く歌い出すのか。
その変わり目を聴くと、声の美しさと、曲の落ち着かなさが、同じ歌い方から生まれていることが分かってきます。

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