ナッティの歩みを振り返ると、歌が上手くなったという説明だけでは捉えきれない変化があります。
明るいダンスポップを一人で歌っていた時期から、KISS OF LIFEの「Sugarcoat」でR&Bの個性を示すまで。
変わったのは、声を置く場所と、その場所を自分で選べる手応えでした。
初期の歌にも魅力があったからこそ、後年に本人が語った物足りなさが気になります。
歌えていたことと、歌いたいものを十分に見せられていたことは、彼女の中で一致していなかったのです。
2020年、自分の物語を明るい声で届ける
タイ出身のナッティは、2015年の『SIXTEEN』、2017年の『アイドル学校』を経て、2020年5月に「NINETEEN」でソロデビューしました。
本人は、長く周囲の基準に合わせるうちに、自分らしさを見失いかけたと振り返っています。
その経験を踏まえ、疲れた自分を励ますように歌ったのがデビュー曲でした。
華やかな登場の裏には、活動を続ける意味を問い直した時間がありました。
「NINETEEN」では、軽やかな声の重なりと、サビ前の歌とヒップホップの中間を思わせる構成が評価されました。
後のR&B路線とは装いが違っても、声でリズムを楽しませる要素は、出発点からあったのです。
デビュー直後の本人にとって、「NINETEEN」は自分の話だと感じられる大切な曲でした。
年齢に合う明るさを見せ、先々もその時々の自分に合う音楽をしたいと話しています。
同時に、『アイドル学校』では上手くやろうとするあまり力が入りすぎた、という反省も口にしていました。
成功した形を守ることより、経験を重ねながら表現を変えていくことが、早くから視野に入っていました。

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同年11月の「Teddy Bear」は、弾むような明るい音色と、掛け声を思わせるサビが特徴の曲です。
強いドラムやシンセの中で、声も楽曲のはずみに加わっていく。
初期の二曲は、若さを伝えるイメージだけでなく、踊る音楽の中で歌を印象づける機会になっていました。
2020年の新人評では、評論家ハルサリが、本人と楽曲の企画がよく合い、歌とパフォーマンスに説得力があると捉えていました。
後年の本人に課題が残っていても、当時すでに届いていた表現にも目を向けたいところです。
「Sugarcoat」を選ぶことで、自分の好みが表へ出た
ただ、2024年に初期を振り返ったナッティは、持ち味より、用意された人物像をまとっていた感覚があったと話しています。
もともとR&Bが好きで、ダンスもヒップホップから始めた人でした。
KISS OF LIFEは、その好みを表へ出せる場になりました。
イ・ヘインが彼女の得意なことを見せようと支えたことも、大切な転機です。
2023年のグループデビュー時には、各メンバーのソロ曲が用意されました。
ナッティが選んだのは「Sugarcoat」です。
本人には最終的な選曲の判断が委ねられていましたが、聴き手に受け入れられるか、自分にできるかという迷いもあったといいます。
それでも選んだ理由は、自分がその音楽を好きだったから。
評判を得たこと以上に、好きな曲を形にできたことに価値を感じていました。
仲間といることで、長く望んだ音楽ができる自信も生まれたといいます。
四人の中で自分の好みを出せることが、この再出発の特徴でした。
「Sugarcoat」で曲評が捉えたのは、低い音域を生かす滑らかな歌い回しと、旋律を細かく動かすリフやランでした。
初期の弾ける明るさから、一定のリズムの中を自在に進む歌へ。
好んできたR&Bを通して、歌い手としての輪郭を示しました。
評論家キム・ユナは、流れるようなメロディにチョ・ユンギョンの言葉が乗り、それをナッティの歌唱が形にする関係を評価しました。
昔のR&Bを思わせる外観だけでなく、曲と歌い手の結びつきに注目した見方です。
2024年、声を生かす場面が広がる
2024年3月には、ADORAが歌う「밤이 되니까(夜になると)」のリメイクに、ラップで参加しています。
自分が一曲の中心を担うソロとは違い、別の歌い手の曲に、言葉のリズムで加わる仕事です。
同じR&Bに関わる場面でも、求められる役割は一つではありませんでした。
さらに同年のパク・ジェボム「Taxi Blurr」への客演にもつながります。
本人によれば、ジェボムは番組での「Sugarcoat」のパフォーマンスを見て声をかけたといいます。
自分の好きな表現を選んだ一曲が、憧れていた相手との仕事へ開いていったのです。
グループでは、2024年夏の「Sticky」が別の方向を示しました。
ナッティは、ヒップホップやR&B中心の姿に加え、メンバーの声とダンスをアフロビートへ生かし、明るい一面を見せたかったと説明しています。
力強い印象に、涼やかな表情を加える選択でした。
ここでの明るさは、ソロ時代へ戻ったという意味ではありません。
初期の曲にも明るさはありましたが、今度は、好きな音楽やグループの持ち味を踏まえて選ぶ明るさです。
R&Bが自分に合うと分かったあと、その一色にとどまらず、違うリズムにも声を置く。
表現の幅と、自分で選ぶ感覚が一緒に育っていきました。
カバーと制作にも続く、自分らしさの追求
2025年5月の『覆面歌王』では、テヨンの「Four Seasons」をデュエットで歌い、続いてペク・イェリンの「Maybe It’s Not Our Fault」を披露しました。
放送を伝える記事では、ナッティの声の幻想的な印象が取り上げられています。
グループの力強い舞台とは異なる選曲でも、声の表情を示す機会になりました。
2025年のミニアルバム『224』では、「Tell Me」と「Painting」の作詞にも参加しています。
歌うだけでなく、曲の言葉にも関わり続けているのです。
これは発声が変わった証拠ではありませんが、曲を受け取って表現することと、自分から曲へ働きかけることを両方続ける姿として、自分らしさを探す歩みにつながっています。

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2026年の日本公演では、四人でm-floの「miss you」をカバーしました。
ナッティは、日本のファンへの贈り物として選び、グループらしく捉え直したと説明しています。
新曲「BREAK IT」についても、自分らしくありたいという気持ちを語りました。
異なる土地の作品に向き合う場面でも、自分たちの色を通して届ける姿勢が続いています。
同年夏の「SWEAT」では、ナッティ自身が曲を強く推していたことを明かしています。
彼女は「Sticky」を日なたの夏、「SWEAT」を海辺の夕方に踊る情景と結びつけていました。
音楽的な自分たちの姿が見えてきたことで、進みたい方向も考えやすくなったといいます。
選曲は、声と身体でどんな時間を作るかを描く行為になっていました。
ナッティの変遷は、昔の声を捨てて別の声になった物語ではありません。
初期から持っていたリズム感や表現力が、自分の好みに合う曲と出会い、客演やカバー、制作へと使い道を増やしてきた歩みです。
「Sugarcoat」は、その途中で自分の選択を信じられるようになった大切な一曲でした。
その後も違う表情を試せるところに、彼女の歌が続いていく面白さがあります。
低音や細かな旋律、曲ごとの声の使い方は、ナッティ (KISS OF LIFE)の歌い方で掘り下げています。

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