アッシャーの滑らかな歌声も、ずっと同じように出せたわけではありません。
十代には変声期を経験し、それまでの高い声を別の方法で探し直しました。
やがて武器になった裏声を、作品の顔として前に出したのが「Climax」です。
その歩みには、声の変化に対応する段階と、手に入れた声の使い道を広げる段階があります。
十代――子どもの高音を、そのまま持ち続けることはできなかった
1994年のデビュー作を作っていた頃、声は変わりつつあり、ボーカルコーチの助けが必要でした。
若い歌手として世に出る時期が、声そのものの変化と重なったのです。
子どもの頃は裏声に切り替えなくても届いた高さへ、成長後は別の方法で向かう必要がありました。
アッシャーは、それが裏声を育てるきっかけだったと説明しています。
高い声は、初めから完成した特殊能力として備わっていたというより、変わる声に合わせて見つけた表現でした。
コーチのジャン・スミスも、十代後半の彼には、地声と裏声の間をつなぐ課題があったと語っています。
後年の自在な歌唱の前には、二つの声を歌の中で使えるように整える時間がありました。
『My Way』――大人が用意した歌から、自分の言葉へ
1997年の『My Way』では、何を歌うかにも変化が現れます。
最初のアルバムを経て、アッシャーは、自分がどんな人間なのかを作品で示そうとしていました。
ジャーメイン・デュプリとの共同制作は、その思いを歌にする機会になります。
相手が話を聞き、日常を知ったうえで曲を作る関係が、本人の経験を作品へ近づけました。
デュプリは、電話での会話や普段の振る舞いまで知ろうとしていました。
アッシャー自身も、最初の作品では制作側の考える自分を演じていたが、『My Way』では自分自身を歌えたと話しています。
「You Make Me Wanna…」や「Nice & Slow」が生まれた時期の変化は、声の成熟だけではありません。
歌う言葉を、自分の経験に結び付けられるようになったのです。
『8701』から『Confessions』へ――速い節回しに、正確さを加える

画像出典:画像掲載元
『8701』は、順調に仕上がったアルバムではありませんでした。
当初の作品は曲が流出し、先行した「Pop Ya Collar」も制作側が求める出発点にならず、作り直しへ進みます。
アッシャーは、何度も出直すことに傷つきながら、再びスタジオへ入りました。
ジミー・ジャムとテリー・ルイスとの制作も、その過程で実現しています。
当時のアッシャーが語っていたのは、若い聴き手へ、先人たちが作ったソウルのよさを伝える思いでした。
十八歳から二十一歳の間に経験した恋や別れ、歌手として払った犠牲も、曲へ反映しようとしていました。
歌の技量を前面に出すことには、受け継いだ音楽と、成長した自分を一緒に示す意味があったのです。
『8701』の「U Remind Me」では、前作の「You Make Me Wanna…」に比べ、細かな節回しやアドリブの存在感が増しました。
制作に携わったジミー・ジャムが目指したのも、アッシャーを歌手として印象付けることでした。
ダンスやスター性に加えて、歌そのものを聴いてもらう。
この曲は、歌唱力を前へ出す節目になっています。
2001年の『8701』の後には、音と音の距離を学び、細かな節回しを正確にする訓練へ数か月を費やしました。
速く動く声を、速いまま狙った音へ運ぶ。
ジャン・スミスの証言からは、人気歌手になっても得意な技法を磨き直していたことが分かります。
2004年の『Confessions』では、その歌唱力が複雑な感情を支えます。
「Burn」は、穏やかな弦の響きの中で、別れをめぐる会話と、相手に向き合う厳しさを歌にしました。
「Confessions」の二つのパートも、ピアノ中心の場面から細かく刻むビートへ進み、告白の切迫感を増していきます。
堂々と歌い切る力を、弱さや迷いを見せるためにも使えるようになった時期です。
ただし、作品の物語すべてが本人の私生活をそのまま写したものではありません。
2008年――ライブでは、歌を伸ばす余地を作る
2008年のサンフランシスコ公演では、「Here I Stand」をCDより遅いテンポで歌いました。
ピアノに乗せて音を長く保ち、終盤には言葉を離れた装飾的な歌唱へ広げています。
声の使い方は、録音した時点で固定されるものではありません。
舞台では曲の時間を作り直し、歌を伸ばす場所も選べたのです。
2012年――「Climax」で、裏声を作品の顔にする
「Climax」の転機は、裏声を初めて使ったことではありません。
本人が新しい挑戦として語ったのは、その歌い方をアルバムの先行シングルで前面に出すことでした。
ビートを聴いて裏声の旋律を思い付いたとき、以前から持っていた表現に、まだ大きな使い道があると気付いたのです。
共同作者のイライジャ・ブレイクは、ダンス音楽の勢いが強かった時期に、ゆっくりした曲を出す選択には勇気が要ったと振り返っています。
その一方で、古くからのファンがアッシャーに求めていたR&Bの歌を、信じてもいました。
周囲が音の密度や速さを増す中で、旋律と声のために空間を残す。
新しさは、歌を激しくする方向だけにあるわけではありませんでした。
本人は「Climax」を、ダンス音楽とソウルが出会う曲と説明しています。
裏声に、古いR&Bと新しい音楽が共存しました。
近年――昔の歌を生かしながら、新しい挑戦を残す
2022年の「Tiny Desk Concert」では、初期の「You Make Me Wanna…」をホーンの入った編成で歌い直しました。
「Superstar」「Nice & Slow」「My Way」などを並べ、エリック・ベリンジャーとヴェドも歌で参加しています。
昔の曲を、発売当時の録音に閉じ込めず、今の演奏者とやり取りする場へ持ち出したのです。
2023年の「GLU」でも、制作側は、すでにある実績の再現で満足していませんでした。
ショーン・ギャレットは、リル・ジョンやボビー・ロス・アヴィラとの制作で、アッシャーの歌の力をさらに引き出し、限界を押し広げたいと考えていたと話しています。
長いキャリアが、新曲で冒険しない理由にはなっていません。
2024年の『Coming Home』では、L.A.リードをはじめ、以前からの制作仲間と再び組みました。
本人が語る「帰る」という感覚は、安心して自分を出せる人たちと音楽を作ることにも向いています。
同時に、新しい共同作業にも扉を開いていました。
「Ruin」に参加したフィルズは、アッシャーのボーカルをディレクションする機会を得たことを語っています。
南アフリカでマナナと作った曲を聴かせ、それがアルバムへつながりました。
経験の長い歌手が、若い制作相手の考えにも声を預ける。
自分の歌を持つことと、新しい相手から何かを受け取ることは、両立しています。

画像出典:画像掲載元
アッシャーは2025年にも、表現を変えながら、R&Bを自分の中心に置く姿勢を語っています。
十代に声を立て直し、言葉を自分へ近づけ、裏声の役割を広げた歩みは、一本の線でつながります。
変わり続けるのは、声の高さだけではありません。
その声でどんな感情を運び、誰と、どんな場所で歌うか。
そこを選び続けることが、アッシャーの歌の変遷なのです。
曲の中での裏声や節回しの使い分けは、アッシャーの歌い方で取り上げています。

こちらの記事もおすすめ

滑らかな声と細かな節回しが、曲ごとの感情へどうつながるのかを読み解きます。

舞台の役柄、歌い続けるための学習、子守歌と新しい語り口をたどります。

ところが聴き返すう…



コメント